2010年10月30日土曜日

岩国での交通事故

 23時すぎにテレビを見ていると、ビックリするようなニュースが飛び込んできました。

 今年の9月、岩国市内で乗用車が66歳の男性をはねました。男性は死亡し、加害者の女性(32)は自動車運転過失容疑で書類送検されました。女性はアメリカ海兵隊岩国基地所属の職員でした。
 ところが、山口地検岩国支部はこれを不起訴としたため、男性の遺族が岩国検察審査会に審査を申し立てたというニュースでした。 
 不起訴の理由ですが、岩国支部によると「第1次裁判権がアメリカ側にあることが理由」なのだそうです。
 
 女性は基地に通勤中だったことから、アメリカ側は日米地位協定で第1次裁判権がアメリカ側にある公務中と判断しました。そのため、岩国支部はこの女性を不起訴としたのです。
 裁判はアメリカが行うので、日本の検察はこの66歳の男性が死亡した事故について、ほとんど調べることも無く、起訴もしなかったのです。
 
 まるで明治時代に逆戻りしたかのようです。不平等条約によって、外国人の犯罪を日本の裁判所が裁くことが出来なかった治外法権そのものです。

 もっとビックリしたのは、この記事が地方紙の第29面の最下段に掲載されていたことです。
 朝日などの全国紙には載っていませんでした。

 中国船が日本船に衝突して、その船長を帰国させた事件は記憶に新しいと思います。各紙各テレビとも火になって書きたて、日中両国政府や検察を非難しました。
 
 ところが、相手がアメリカならこの静けさです。

 ある人が私に言いました。
「このままでは、日本は中国に隷従することになる。それで良いのか。」
 私は言い返しました。
「すでに日本はアメリカに隷従しているではありませんか。」
 その人は何も言い返してきませんでした。
 
 私たちやその家族が、アメリカの軍人に殺されても、日本の裁判にかけられることは無いのです。日本の検察も起訴ができません。こんな不平等を許してはなりません。
 
 検察審査会の審査を見守りたいと思います。

2010年10月25日月曜日

農業委員会

 6月議会で、私は中区選出の議員とともに広島市農業委員会の委員に選任されました。会議は月に1~2回で、毎月の報酬は手取りで4万円と少しです。
 
 農業委員会は農業委員会法にもとづき設置され
1)農地法で規定した農地行政の執行
2)地域農業の振興
3)行政庁への建議
 などの業務を行います。

 私は農業に従事したことがありませんので、委員会で発言はできるのかと悩みました。そこで、農業委員会の事務局の職員から何度もレクチャーを受けました。
 制度については理解しました。しかし、実地に何十年も営農されている委員の人たちには、なかなか意見を述べることが出来ません。

 以前、元町長から農業委員になった方には
「少しは農業のことも考えてください。」
 と言われました。そんなことは、考えてもいないのでしょうと決め付けた言い方でした。
「私は南区の議員ですが、佐伯区も安佐北区も含め、広島市全体のことを考えています。」
 と答えました。

 今日も、元市議会議員の委員から
「農業はわからんじゃろう。」
 と言われたので、
「私の祖父は北海道の開拓農民の息子でした。祖父は子どもの頃、4里か5里の山道を学校に通い、ヒグマにも出会い、川は鮭でびっしりだったと言っていました。」
 と答えました。

 2人は私の剣幕に黙りましたが、何も知らぬ街の若造がという気分は感じていました。
 残りの任期、なんとか議論に食いついていこうと思います。 

内村航平選手

 オランダのロッテルダムで開かれている世界体操選手権で、日本の内村航平選手が個人総合で優勝しました。昨年に続いての2連覇です。日本選手では初の快挙です。
 内村選手は2008年北京オリンピックの個人総合で銀メダルを獲得し、世界の体操界にさっそうとデビューしました。この時19歳でした。ひょうひょうとした演技を見て、私はファンになりました。

 内村選手の両親は体操選手で、3歳の時に自宅の体操クラブで体操を始めました。他の生徒に混じって、内村選手も体操を教えてもらっていました。クラブは終わっても、自宅がジムなのでトランポリンで宙返りをして遊んでいたそうです。

 今季は左肩を痛め、出場が危ぶまれていました。しかし、ロッテルダムの大会に出場し、左肩にテーピングをして出場していました。痛くないはずは無いのでしょうが、いつものようにひょうひょうと演技をして2位の選手を大きくリードしての金メダルです。大きな拍手を送りたいと思います。

 内村選手は21歳です。10年後の2020年はまだ31歳。
 広島オリンピックを実現させ、円熟の技を広島で見せてもらいたいものです。

2010年10月17日日曜日

高速道路での笑顔

高速道路での話。

たまにETCのゲートが無い料金所があります。
停車させなければなりません。
窓を開けて、徴収員のおじさんにお金を渡します。
早く通過しようとして、手探りでパワーウィンドウを操作します。

まちがって開けた後の窓がウィーンと開きます。
前が開いたと思いこんで、小銭を握ったこぶしで、窓ガラスをパァーンチ!

痛みと恥ずかしさをこらえて、ひたすら笑顔。


こんな体験はありませんか。


実は今年のパ・リーグ最多勝投手、金子千尋投手のブログからでした。
文章自体はもっとくだけてます。

まえけんのブログも、マウンド上での強気とはうらはらに、やわらかい感じがします。

彼らのブログ、楽しいですよ。

謎の物音

 夜中にカタカタと音が聞こえる。そんな体験はありませんか。

 近頃、夜寝ていると枕元でカタカタ、カタカタという音で目が覚めることがあります。
 何かを叩いているような音なのですが、カタカタ、カタカタと一定のリズムを刻んでいるのです。
 カタカタ、カタカタ、カタカタ、カタカタ、と長く続くこともあります。

 昨日も、そのカタカタという物音でで目が覚めました。午前二時でした。
 ぞおっとしたことを、昨日の事ように覚えています。私が寝ている部屋は洋間です。座敷ではないので座敷わらしが出るはずはありません。聞いたことはないですが、洋間わらしというものが出たのでしょうか。
 その謎をつきとめるため、少し調べてみることにしました。

 枕もとには壁があります。築12年ですが、最近になって安普請であることが分かってきました。
 壁の向こうはトイレです。トイレは洋式で、トイレットペーパーのホルダーは座った時右手側にあります。
 ホルダーの向こう側は、ちょうど私の枕元です。だいぶ謎が解けてきました。

 トイレで用を足しましたが、トイレットペーパーを取ってもカタカタと音がしません。何回トイレに入っても音がしないのです。
 けれども、私が寝ているとカタカタ、カタカタ音がします。不思議でなりません。
 またトイレに入って、ホルダーがついに壊れたかと思い調べましたが異常はありません。

 そこで世紀の大発見が起こりました。

 トイレットペーパーの紙製の芯が、まん丸でなく中央に向いて突起が出ていました。この突起がホルダーに当たるたびに、カタカタと音を立てていたのでした。
 その証拠に、突起を指で押さえて回すと音は出なくなりました。
 
 妻や息子はきっぷの良い性格で、景気良くトイレットペーパーを引っ張り出すので、大きな音がしていたのです。
 私はけちな性分で、長いペーパーはいりません。ゆっくり引き出すので、音が小さいので気づかなかったのです。

 夜中に妖怪の洋間わらしが出ても困るので、買いだめてあるトイレットペーパーの芯を、全部直しておきました。

 我ながらよく気がついたなと感心しました。名探偵コナンの心境です。

2010年10月11日月曜日

広島オリンピックについての集中質疑

 10月8日、広島市が発表したオリンピックに関わる予算案について、広島市議会は全員協議会を開催し、質疑を行いました。

 経費の総額は4,491億円です。広島市民の出費はそのうちの52億円です。

 大会運営経費の収入は、テレビ放映権料が729億円、スポンサーからの収入が1,182億円、チケット収入が528億円。仮設のスタジアムなどの資産売却収入が458億円、世界中で同時にオリンピックが観戦出来る、ポップアップ・スタジアムの入場券などその他の収入が450億円。そして寄付金が982億円です。

 一方の支出ですが、大会招致経費が25億円、大会運営経費が4,329億円、大会関連経費が137億円です。
 最大の出費は、施設の整備、運営費です。これは2,407億円で、大会運営経費にすべて含まれます

 質疑を聞いていますと、施設費として広島市の持ち出し分は、ビッグ・アーチの改修費の37億円のみでした。他の施設は仮設のため、国、広島県、広島市等で組織される大会組織委員会が2,407億円を負担することになります。国をあげての事業と言うことでしょう。

 11人の議員が、10時から18時まで入れ替わり立ち代わりほぼ同様の質問を繰り返したので、中身は良く分かりました。
 私は質問の機会が無かったので、休憩中に担当の佐伯克彦市民局長に、「施設が仮設なら大会運営経費になり、恒久の施設なら大会関連経費になるのですね。」と聞きました。局長がそうですと答えたので、「市の持ち出しを少なくするために、やたら仮設会場が多いのですね。ここがミソですね。」と言うと、局長はにやりと笑っていました。

 11人の議員はみんな、本当に寄付で1,000億円も集まるのかと質問していました。
 
 しかし、欧米では寄付の文化があります。寄付金の税額控除なども大きいそうです。
 イギリスの人が言ってましたが、欧米の企業は人でなしのビジネスをしてあくどく儲けているので、社長はみんな死後に地獄へ行くのだそうです。それが恐ろしいので、寄付をして善行を積み天国に行かせてもらうのだそうです。
 これはなかなかうなずける話です。

 広島のネームバリューからすれば、1,000億円の寄付も不可能ではないと思います。

2010年10月10日日曜日

パ・リーグのクライマックスシリーズ

 パ・リーグのクライマックスシリーズが始まりました。
 千葉ロッテマリーンズが埼玉西武ライオンズに2連勝し、トップの座をかけて、福岡ソフトバンクホークスと戦うことになりました。
 
 2試合とも大熱戦でした。
 第1戦は、9回表に4点差を追いついたロッテが、福浦和也選手の決勝ホームランで延長戦に決着をつけました。
 第2戦、4対1とリードされたロッテが、西武のエース岸孝之投手をじわじわと攻略しましたが、岸も毎回最小失点に抑え、西武の1点リードで9回表へ。ここでロッテの里崎智也選手が同点のホームラン。里崎は、このシリーズ打席に立つたびにヒットを放っていましたが、最後にもまた打ちました。
 続く延長10回には井口資仁選手がセンター前にサヨナラヒットを放ち、ロッテが勝ちました。
 いずれの試合も西武が序盤リードしていましたが、ロッテには勢いがありました。勢いそのままに西武を飲み込みました。
 
 2005年、ロッテはボビー・バレンタイン監督の下、阪神タイガースを4勝0敗で退けて日本一になりました。その時のロッテは、各選手が茶髪、ひげ、アクセサリーなど好きなスタイルでした。野球も自由にプレーしている感じで、のびのびと野球を楽しんでいたように感じました。
 その頃の中心選手、西岡、今江、福浦、里崎、サブロー、渡辺俊介、小林宏之が今回も活躍しました。ボビーのもとでコーチをつとめていた西村徳文監督は、彼らに気持ちよくプレーする喜びを与えたのだと思います。それほどのびのびプレーしていました。
 
 ソフトバンクとの決戦は、見どころの多いシリーズとなるでしょう。
 「ウオーッ、ロッテッ」と応援するロッテファンがうらやましくてなりません。 
 

2010年10月4日月曜日

80’J-POP

 先日、テレビで80年代のポップスを特集していました。ハウンド・ドッグの大友康平とNHKの首藤アナウンサーの司会で進められ、年代順にコンサート形式で行われていました。
 
 なかなか面白い番組でした。懐かしかった曲は、五十嵐浩晃の「ペガサスの朝」、杉山清貴の「ふたりの夏物語」、南佳孝の「スローなブギにしてくれ」などです。
 ただ、80年代前半に歌われた曲は良く知っていたのですが、80年代後半になると、途端に知らない曲ばかりになってしまいました。
 
 私は1984年に大学を卒業しました。歌を聴くことも歌うことも好きだったので、暇があった学生時代は音楽番組を見ていましたし、ラジオの深夜放送もよく聞いていました。
 85年以降の曲がわからなくなったのは、ぱったり歌を聴く機会が無くなったということでしょう。よっぽど仕事が忙しかったのだと思います。
 
 ただ一曲、中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」は良く憶えていました。私のカラオケのレパートリーにも入っています。
 医者になって2年目でしたが、広島郵便貯金ホールでコンサートがあり、知人にチケットを手に入れてもらい見に行きました。大変思い出深いステージでした。忙しい合間でしたが、なんとか時間を作って1時間かけて出かけました。思い返してみると、よく行ったものだなぁという感じがします。
 
 というわけで、たまたま見た歌番組から昔ばなしになってしまいました。

 おしまい。