「なせばなる なさねばならぬ 何事も ならぬは人の なさぬなりけり」
これは、藩政改革に努めた米沢上杉藩藩主、上杉鷹山公の歌です。私が中学生の時、倫理の先生が教えてくれました。良い教えです。
教えてもらった後、ほどなくして、英語の先生が、こう問いかけました。
「なせばなる、の歌を知っとるかね。」
私は、「なせばなる」と詠み始めました。先生も一緒に詠んでいました。しかし下の句が違い、先生はこう詠みました。
「なせばなる なさねばならぬ 何事も ナセルはアラブの大統領」
私は、思わず笑ってしまいました。今も思いだして笑いながらブログを書いていますが、誰が詠んだ歌なのか知りたいものです。皆さんもぜひ声に出して詠んでみて下さい。腹筋がよじれる方は多いのではないでしょうか。
ナセルはアラブ連合共和国(現在のエジプト・アラブ共和国)の大統領で、西側にも東側にも属さない第三世界のリーダーとして活躍していました。
私が小学校3年の1967年に、ナセルはイスラエルとの間で第三次中東戦争を戦いました。しかし6日間であっけなく敗れ、その後52歳で亡くなりました。
その苦衷の中で、ナセルが「なせばなる」の歌を詠んでいたと、中学生の私は半分信じていたのでした。
2010年4月16日金曜日
政治家が飛行機に乗るということ
政治家が飛行機に乗るということは、命がけのことだと思います。
70年前、ポーランド軍の将校22,000人がソ連軍に虐殺された「カチンの森事件」という惨劇がありました。今月の10日、その慰霊祭に出席するためロシアのスモレンスクに向かっていた、ポーランドのカチンスキ大統領の乗り込んだ飛行機が墜落し、大統領をはじめ政府首脳が死亡しました。
アフリカにコンゴ民主共和国という国があります。以前はベルギー領コンゴで、ザイールとも呼ばれていました。首都キンシャサでは、ジョージ・フォアマンとモハメド・アリが、ボクシングのヘビー級タイトルマッチを闘ったことがあります。世に言う「キンシャサの奇跡」です。
コンゴでは、1960年ベルギーから独立する際に動乱が発生しました。コンゴ動乱です。
総選挙で勝利したルムンバが首相に就任し、中央集権国家を目指しました。一方、世界の銅の7割を生産するカタンガ地方の指導者チョンベは、コンゴからの独立を目指しルムンバと対立しました。
ルムンバはソ連など東側の国に接近しました。これに対し鉱物資源に食指を伸ばすアメリカは、ルムンバと対立するカサブブ大統領やモブツ参謀総長を支援しました。
国際連合はこのコンゴ動乱を抑えるため、武力介入を図っていました。これに期待していたルムンバですが、カタンガ州勢力によって1961年1月17日暗殺されました。
ここで調停にのりだしたのが、ハマーショルド国連事務総長でした。しかし9月16日、彼を乗せた飛行機がコンゴへ向かう途中に北ローデシアのンドラで墜落。帰らぬ人となりました。
結局、コンゴ動乱はアメリカの後押しを受けたモブツが大統領に就任し、32年間にわたる独裁政権を続けました。
そのためハマーショルドの事故死は、アメリカの謀殺説がまことしやかに語られました。真相は不明です。
ともかく世界中の政治家は、命がけで世界を飛び回っています。
秋葉市長も世界の核兵器廃絶のため飛び回っています。これに市議会議員が、外遊の回数が多すぎるとかファーストクラスは贅沢だとか理屈をつけて、飛行機に乗る予算を削ろうとしました。
了見の狭い話ではないかと思います。
70年前、ポーランド軍の将校22,000人がソ連軍に虐殺された「カチンの森事件」という惨劇がありました。今月の10日、その慰霊祭に出席するためロシアのスモレンスクに向かっていた、ポーランドのカチンスキ大統領の乗り込んだ飛行機が墜落し、大統領をはじめ政府首脳が死亡しました。
アフリカにコンゴ民主共和国という国があります。以前はベルギー領コンゴで、ザイールとも呼ばれていました。首都キンシャサでは、ジョージ・フォアマンとモハメド・アリが、ボクシングのヘビー級タイトルマッチを闘ったことがあります。世に言う「キンシャサの奇跡」です。
コンゴでは、1960年ベルギーから独立する際に動乱が発生しました。コンゴ動乱です。
総選挙で勝利したルムンバが首相に就任し、中央集権国家を目指しました。一方、世界の銅の7割を生産するカタンガ地方の指導者チョンベは、コンゴからの独立を目指しルムンバと対立しました。
ルムンバはソ連など東側の国に接近しました。これに対し鉱物資源に食指を伸ばすアメリカは、ルムンバと対立するカサブブ大統領やモブツ参謀総長を支援しました。
国際連合はこのコンゴ動乱を抑えるため、武力介入を図っていました。これに期待していたルムンバですが、カタンガ州勢力によって1961年1月17日暗殺されました。
ここで調停にのりだしたのが、ハマーショルド国連事務総長でした。しかし9月16日、彼を乗せた飛行機がコンゴへ向かう途中に北ローデシアのンドラで墜落。帰らぬ人となりました。
結局、コンゴ動乱はアメリカの後押しを受けたモブツが大統領に就任し、32年間にわたる独裁政権を続けました。
そのためハマーショルドの事故死は、アメリカの謀殺説がまことしやかに語られました。真相は不明です。
ともかく世界中の政治家は、命がけで世界を飛び回っています。
秋葉市長も世界の核兵器廃絶のため飛び回っています。これに市議会議員が、外遊の回数が多すぎるとかファーストクラスは贅沢だとか理屈をつけて、飛行機に乗る予算を削ろうとしました。
了見の狭い話ではないかと思います。
2010年4月13日火曜日
ひょうきんな選手たち
4月13日、マツダスタジアムで行われたカープ対ヤクルト戦。
2対2で迎えた8回表、ヤクルトの攻撃。ランナー二塁でバッターは4番の強打者デントナ。ピッチャーはフォークボールで空振り三振に切って取りました。ピッチャーは、ガッツポーズでベンチに向かってダッシュしました。
その時キャッチャーの石原がピッチャーに向かって走りより、一言声を掛けました。
実は1アウトで、デントナを三振に切って取った時点では2アウトだったのです。
ピッチャーは照れ笑いを浮かべてマウンドへ戻りました。そのせいかどうかは分かりませんが、ピッチャーは交代となりました。そのピッチャーは横山投手です。ベンチに下がる時も照れ笑いを浮かべながら、ナインに頭を下げていました。
試合は延長戦となり、10回ウラに石原選手のサヨナラホームランでカープが勝ちました。ホームベースで祝福の水掛けが行われ、選手もファンも感動をひとつにしました。
ところが、ヒーローの石原選手以外の選手が水をうしろ首から注がれています。逃げまどっていましたが、つかまってユニフォームを脱がされかけました。
このいじられキャラは赤松選手でした。試合に出場しなかったものの、存在感を見せつけていました。
今シーズン、マツダスタジアム初勝利でした。
2対2で迎えた8回表、ヤクルトの攻撃。ランナー二塁でバッターは4番の強打者デントナ。ピッチャーはフォークボールで空振り三振に切って取りました。ピッチャーは、ガッツポーズでベンチに向かってダッシュしました。
その時キャッチャーの石原がピッチャーに向かって走りより、一言声を掛けました。
実は1アウトで、デントナを三振に切って取った時点では2アウトだったのです。
ピッチャーは照れ笑いを浮かべてマウンドへ戻りました。そのせいかどうかは分かりませんが、ピッチャーは交代となりました。そのピッチャーは横山投手です。ベンチに下がる時も照れ笑いを浮かべながら、ナインに頭を下げていました。
試合は延長戦となり、10回ウラに石原選手のサヨナラホームランでカープが勝ちました。ホームベースで祝福の水掛けが行われ、選手もファンも感動をひとつにしました。
ところが、ヒーローの石原選手以外の選手が水をうしろ首から注がれています。逃げまどっていましたが、つかまってユニフォームを脱がされかけました。
このいじられキャラは赤松選手でした。試合に出場しなかったものの、存在感を見せつけていました。
今シーズン、マツダスタジアム初勝利でした。
2010年4月12日月曜日
名張毒ぶどう酒事件
以前このブログで、裁判員制度について書いたことがあります。最近マスコミはあまり取り上げなくなりました。制度が定着し、問題無く運用されているということでしょう。
今までの裁判は、法律の専門家である裁判長が一人で有罪か無罪か決めていました。しかし、裁判員制度の導入により、合議制で決定することになりました。つりあいのとれた判決が出されることを期待しています。
「名張ぶどう酒事件」は今年の4月に再審請求が認められました。奥西勝被告は、1961年に36歳で逮捕されて以来49年間獄につながれています。
三重県名張市葛尾の公民館で開かれた集会に出席した5人の女性が、毒入りぶどう酒を飲み死亡したという事件でした。この会合に出席していた奥西被告は、三角関係を清算する目的で、妻と愛人を含む5人の女性を毒殺したという容疑です。
容疑を疑問に思う人たちは、そもそも被告に殺人を犯す動機が無いということです。
被告は一旦自白しましたが、公判で供述をひるがえし無実を主張しました。一審の津地裁は無罪、二審の名古屋高裁は一転死刑、そして最高裁で死刑が確定しました。以後再審請求を繰り返して来ましたが、この度それが認められることになりました。
疑問に思うのは、同じ証拠、同じ証言を審査したにもかかわらず、一審は無罪、二審は死刑と極端に判決が振れたことです。
真実は一つなので、どちらかの裁判長が間違った判決を下していることになります。
私も、ある事件で裁判所に意見書を提出したことがあります。一人の裁判長は、この意見書を採用して判決を下しました。しかし、別の裁判長は不採用としました。依頼人の主張を鵜呑みにしているという理由でした。
これは裁判長の主観によるもので、到底納得のいく判決ではありませんでした。裁判官の主観は正しいこともありますが、間違っていることもあります。そのことは知っておくべきだと思います。
無実でも死刑にされる可能性はあるのです。
今までの裁判は、法律の専門家である裁判長が一人で有罪か無罪か決めていました。しかし、裁判員制度の導入により、合議制で決定することになりました。つりあいのとれた判決が出されることを期待しています。
「名張ぶどう酒事件」は今年の4月に再審請求が認められました。奥西勝被告は、1961年に36歳で逮捕されて以来49年間獄につながれています。
三重県名張市葛尾の公民館で開かれた集会に出席した5人の女性が、毒入りぶどう酒を飲み死亡したという事件でした。この会合に出席していた奥西被告は、三角関係を清算する目的で、妻と愛人を含む5人の女性を毒殺したという容疑です。
容疑を疑問に思う人たちは、そもそも被告に殺人を犯す動機が無いということです。
被告は一旦自白しましたが、公判で供述をひるがえし無実を主張しました。一審の津地裁は無罪、二審の名古屋高裁は一転死刑、そして最高裁で死刑が確定しました。以後再審請求を繰り返して来ましたが、この度それが認められることになりました。
疑問に思うのは、同じ証拠、同じ証言を審査したにもかかわらず、一審は無罪、二審は死刑と極端に判決が振れたことです。
真実は一つなので、どちらかの裁判長が間違った判決を下していることになります。
私も、ある事件で裁判所に意見書を提出したことがあります。一人の裁判長は、この意見書を採用して判決を下しました。しかし、別の裁判長は不採用としました。依頼人の主張を鵜呑みにしているという理由でした。
これは裁判長の主観によるもので、到底納得のいく判決ではありませんでした。裁判官の主観は正しいこともありますが、間違っていることもあります。そのことは知っておくべきだと思います。
無実でも死刑にされる可能性はあるのです。
2010年4月10日土曜日
雨の曲
私はデパートやスーパーによく行きますが、店内にはBGMが流れています。デパートはゆったりとした落ち着いた曲、スーパーではテンポの早い軽快な曲が流れているように思います。パチンコ屋では、軍艦マーチが定番でした。
某デパートSに行った時の店員の方との会話です。
私「昨日は暖かかったのに、今日は雨も降って寒いです。なかなか春の装いができません。」
店員「雨が降ってますか。雨が降り始めると、曲が流れるのですが。」
私「デパートが店員に、雨降りを知らせるためですか。」
店員「そうです。スタッフから教えてもらいました。」
私「長年、デパートに買い物に来ていますが、知りませんでした。あめあめふれふれですか。
それとも、雨というタイトルの曲なら、三善英史かジリオラ・チンクエッティとかですか。」
店員「いや、歌ではありません。曲だけです。」
私「何と言う曲ですか。」
店員「題名は分かりません。」
何か深い理由がありそうでしたが、会話はここで終わりました。
F屋でもT屋でもM越デパートでも、雨が降り始めたら流す曲があるのでしょう。
雨が降ったことを店員に知らせる理由とは何なのか。
自分なりに考えてみましたが、傘やレインコートをお客さんの目につくところに出す事くらいしか思いつきませんでした。
注;三善英史・・日本の演歌歌手。「雨」は1972年のレコード大賞新人賞受賞曲。
ジリオラ・チンクエッティ・・イタリアのカンツォーネ歌手。「雨」は1969年サンレモ音楽祭受賞
作。
某デパートSに行った時の店員の方との会話です。
私「昨日は暖かかったのに、今日は雨も降って寒いです。なかなか春の装いができません。」
店員「雨が降ってますか。雨が降り始めると、曲が流れるのですが。」
私「デパートが店員に、雨降りを知らせるためですか。」
店員「そうです。スタッフから教えてもらいました。」
私「長年、デパートに買い物に来ていますが、知りませんでした。あめあめふれふれですか。
それとも、雨というタイトルの曲なら、三善英史かジリオラ・チンクエッティとかですか。」
店員「いや、歌ではありません。曲だけです。」
私「何と言う曲ですか。」
店員「題名は分かりません。」
何か深い理由がありそうでしたが、会話はここで終わりました。
F屋でもT屋でもM越デパートでも、雨が降り始めたら流す曲があるのでしょう。
雨が降ったことを店員に知らせる理由とは何なのか。
自分なりに考えてみましたが、傘やレインコートをお客さんの目につくところに出す事くらいしか思いつきませんでした。
注;三善英史・・日本の演歌歌手。「雨」は1972年のレコード大賞新人賞受賞曲。
ジリオラ・チンクエッティ・・イタリアのカンツォーネ歌手。「雨」は1969年サンレモ音楽祭受賞
作。
2010年4月7日水曜日
革命
4月3日は民主党広島県連合会の総会でした。新しい役員として、三谷光男衆議院議員が代表、中原好治県議会議員が幹事長に就任しました。私も幹事の一人に名を連ねました。
ゲストとして講演されたのは、平野貞夫元参議院議員です。彼によると昨年8月30日の総選挙で民主党が圧倒的勝利を得たのは、無血革命だそうです。
革命というとフランス革命やロシア革命が浮んできます。貧しき人民が、国王、皇帝それに連なる貴族を打ち倒し封建制度に代わる新制度を打ち立てました。
しかし、このたびの民主党による政権交代は、革命のイメージとは遠くかけ離れているように思います。その理由は改革のスピードが遅く感じられるからではないでしょうか。いや、実際に遅いのではないかと感じることもあります。子ども手当が、ようやくこの4月から半額支給され、事業仕分けが22年度予算に反映された程度です。
フランスでは、1789年の7月14日にバスチーユ監獄が人民の手に落ち、それをうけて国民議会が8月4日封建制の廃止を決議しました。そして8月26日には人権宣言を採択しています。フランス革命はすさまじい早さで進んでいったのです。
この時期、議員である穏健派のミラボーと急進派のロベスピエールはこのような会話を交わしています。
(佐藤賢一著 小説フランス革命Ⅱ 集英社より引用)
あまりに急速な議会を批判してミラボーはこう言います。
「封建制廃止にしても人権宣言にしても同じだよ。高らかに理想をうたいたいのは分かる。けれどうかつに打ち上げれば、あとで嘘になってしまう。嘘になれば、それに怒る人間が出る。
革命なんてまやかしだ。貴族がいた頃のほうがよかった。アンシャン・レジーム(旧体制)のほうが生きやすかった。そんな風にへそを曲げられ、元の鞘に戻るというような話にでもなれば・・・・」
これに対して、ロベスピエールはこう答えます。
「なりません。ええ、封建制の廃止も、人権宣言も、決してうそにはさせません。」
国政だけでなく市政においても民主党の革命を進めなければなりません。この2人の会話は、なかなか考えさせられるものがあります。
ゲストとして講演されたのは、平野貞夫元参議院議員です。彼によると昨年8月30日の総選挙で民主党が圧倒的勝利を得たのは、無血革命だそうです。
革命というとフランス革命やロシア革命が浮んできます。貧しき人民が、国王、皇帝それに連なる貴族を打ち倒し封建制度に代わる新制度を打ち立てました。
しかし、このたびの民主党による政権交代は、革命のイメージとは遠くかけ離れているように思います。その理由は改革のスピードが遅く感じられるからではないでしょうか。いや、実際に遅いのではないかと感じることもあります。子ども手当が、ようやくこの4月から半額支給され、事業仕分けが22年度予算に反映された程度です。
フランスでは、1789年の7月14日にバスチーユ監獄が人民の手に落ち、それをうけて国民議会が8月4日封建制の廃止を決議しました。そして8月26日には人権宣言を採択しています。フランス革命はすさまじい早さで進んでいったのです。
この時期、議員である穏健派のミラボーと急進派のロベスピエールはこのような会話を交わしています。
(佐藤賢一著 小説フランス革命Ⅱ 集英社より引用)
あまりに急速な議会を批判してミラボーはこう言います。
「封建制廃止にしても人権宣言にしても同じだよ。高らかに理想をうたいたいのは分かる。けれどうかつに打ち上げれば、あとで嘘になってしまう。嘘になれば、それに怒る人間が出る。
革命なんてまやかしだ。貴族がいた頃のほうがよかった。アンシャン・レジーム(旧体制)のほうが生きやすかった。そんな風にへそを曲げられ、元の鞘に戻るというような話にでもなれば・・・・」
これに対して、ロベスピエールはこう答えます。
「なりません。ええ、封建制の廃止も、人権宣言も、決してうそにはさせません。」
国政だけでなく市政においても民主党の革命を進めなければなりません。この2人の会話は、なかなか考えさせられるものがあります。
2010年4月2日金曜日
逆転
3月31日、広島市議会は臨時議会を開催しました。秋葉市長が地方自治法の基づく市長の再議権を行使し、オリンピックの招致検討費2600万円を削減した修正案を再度議題としました。
私は市に検討をさせてもいいという意見なのですが、修正した谷口議員(自民党新政)からは、どうせできないのだから市民や他の自治体に迷惑がかからないうちに断念しようという討論がされました。
採決の結果、26日と同様修正案に賛成の議員は28名でした。しかし、再議では3分の2の賛成、つまり36名に足らず否決されました。
その後休憩に入り、議長会派の市民市政、私の所属する市民連合、そして公明党、共産党で協議しました。招致検討費2600万円を100万円のみ減額する新たな修正案を提出し、賛成31人を得て可決成立しました。
新しい修正案に賛成の議員は以下の通りです。
市民連合9名 (松坂、太田、都志見、田尾、酒入、若林、沖、森本、清水)
公明党8名 (平木、星谷、原、米津、安達、西田、渡辺、碓氷)
市民市政6名 (沖宗、海徳、元田、月村、八條、竹田)
共産党5名 (中原、中森、村上、皆川、藤井)
爽志会2名 (今田、土井)
未来クラブ1名 (馬庭)
自民党新政と政和クラブは、再議で否決された修正案とほとんど変わらない別の修正案を提出しましたが否決されました。
3月31日に議会が予算を議決できなければ、地方自治法により、市長が平成22年度予算を決めることが出来ることになります。
「これでは議会の存在意義や責任を、議会が自ら放棄することになります。」
私は新しい修正案に賛成の討論の中で、このように述べました。
反対する議員から多くの野次が浴びせられましたが、可決成立したので議会としての最低限の責任は果たせてほっとしています。
議決が逆転して、市長の提案が通りました。次は、夏に提出される検討結果を審議することになります。
私は市に検討をさせてもいいという意見なのですが、修正した谷口議員(自民党新政)からは、どうせできないのだから市民や他の自治体に迷惑がかからないうちに断念しようという討論がされました。
採決の結果、26日と同様修正案に賛成の議員は28名でした。しかし、再議では3分の2の賛成、つまり36名に足らず否決されました。
その後休憩に入り、議長会派の市民市政、私の所属する市民連合、そして公明党、共産党で協議しました。招致検討費2600万円を100万円のみ減額する新たな修正案を提出し、賛成31人を得て可決成立しました。
新しい修正案に賛成の議員は以下の通りです。
市民連合9名 (松坂、太田、都志見、田尾、酒入、若林、沖、森本、清水)
公明党8名 (平木、星谷、原、米津、安達、西田、渡辺、碓氷)
市民市政6名 (沖宗、海徳、元田、月村、八條、竹田)
共産党5名 (中原、中森、村上、皆川、藤井)
爽志会2名 (今田、土井)
未来クラブ1名 (馬庭)
自民党新政と政和クラブは、再議で否決された修正案とほとんど変わらない別の修正案を提出しましたが否決されました。
3月31日に議会が予算を議決できなければ、地方自治法により、市長が平成22年度予算を決めることが出来ることになります。
「これでは議会の存在意義や責任を、議会が自ら放棄することになります。」
私は新しい修正案に賛成の討論の中で、このように述べました。
反対する議員から多くの野次が浴びせられましたが、可決成立したので議会としての最低限の責任は果たせてほっとしています。
議決が逆転して、市長の提案が通りました。次は、夏に提出される検討結果を審議することになります。
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