女優の北林谷栄さんが98歳で亡くなられました。私はとてもびっくりしました。北林さんには失礼なのですが、もうとっくに亡くなられたと思っていたからです。その理由は、映画やテレビでいつも老婆の役を演じていたからでした。
NHKは以前、祝日の朝9時から日本映画をリバイバルで放映していました。ある休日の朝、勤務医である私は「出勤しないで良いが、病院の敷地内にある宿舎から遠出してはいけない」という、「待機」の当番に当たっていました。
その日の9時から放映されたのが、1959年の作品 「にあんちゃん」 でした。これは、ある10歳の少女の手記を映画化した作品です。佐賀県の炭鉱で働いていた朝鮮人の炭鉱夫が結核で死亡し、男女4人の兄弟が残されました。この手記を書いたのは、末っ子の女の子です。「にあんちゃん」はすぐうえのお兄さんです。
炭鉱住宅には朝鮮人の住民がたくさんいて、小沢昭一などが扮していました。その中で、北林さんは朝鮮人の老女の役でした。お葬式の時は、アイゴーアイゴーと大きな声で泣いていました。そして4人兄弟の長男の長門裕之や、長女の松尾嘉代に向けてこう言うのです。
「おまえたちー、げんきだせよー。」
だせよーの「せ」にアクセントがあるセリフまわしが、今も耳に残っています。
口では4人を励ますのですが、おコメひとつぶ恵むわけでもなく、小沢昭一からは、「どけちー。」とどなられます。北林さんはそれに対して、「うるせー。」と言い返すのでした。
1959年は私が生まれた年ですので、北林さんは当時47歳でした。役柄は65歳くらいでしたから、私のイメージでは116歳で亡くなられた計算になります。
不思議な女優さんだったと思います。
合掌。