年末の挨拶周りも一段落しましたが、はっとするようなご意見やご要望を聞くことがあります。先日、江田島市に住んでいる知人からこんな話を聞きました。
知人のお母さんが急病で倒れ、救急車で県立広島病院に搬送することになりました。フェリーで広島港まで着きましたが、現在建設中である広島南道路の地上部分(これは海岸通と呼ばれています。)に入った途端、渋滞で一歩も前へ進めなくなりました。
一刻を争う病状に知人も救急隊員も気が気では無かったそうですが、パトカーの先導によりようやく病院に到着し一命を取り留めたそうです。
道路工事は国交省広島国道事務所の管轄です。この件について説明を求めると、中年の共同溝課長と若い建設監督官がやってきました。
救急車が通った日は12月16日は確かに片側1車線しか通れなかったが、説明に来た12月25日は片側2車線で広くなっているから大丈夫だという説明でした。「完成予定の22年4月まで狭くなることは無いのか」と問うと、1月4日から1月末日まで再び片側1車線ずつになるとのことでした。
「工事で狭くなることを誰かに言うことになっているのか」と聞くと、所轄の消防署と警察署に報告が義務づけられているという答えでした。その場で消防局の救急部長に聞くと、そんな話は聞いていないと正直に答えました。
部長が所轄である南消防署に聞くと、6月に道路工事の話は聞いていたとのことでした。その情報は、広島市内のすべての消防署に情報を流したそうです。
その一方で、江田島市などの近隣の市町へは伝えていないとのことでした。広島市の救急車は工事現場の渋滞を迂回して進むことができます。しかし、他の市町の救急車は知らずに渋滞に突入してしまい、この度のようなことになるのです。
工事の時期と車線の数が変わる事については、市の南道路担当課長も知りませんでした。国も市も広島市内の道路工事をやっていますが、お互いにどこでどんな工事をやっているかは秘密にしているとしか言えないほど、それぞれが勝手にやっています。
消防も、市の消防車や救急車だけが円滑に走行できれば良いと思っています。他の市町のことは知ったこっちゃないという様子です。
万一、事故が起きたときには、みんな「私のせいではありません。」と口々に言うでしょう。
1月4日から片側1車線で工事が再開されますが、何かトラブルが起きないか心配です。
このようなことは二度と繰り返してはならない出来事であり、待避のための路側帯を確保するなど、手段を講ずれば防止できることだと思います。それにしても、その救急車に乗り合わせていたらと思うと、恐ろしい気持ちでいっぱいです。
2009年12月27日日曜日
時間
朝日新聞の26日付けのコラムに「時間」について書いてありました。幕末から明治の初めに欧米からやって来た「お雇い外国人」を悩ませたのは、時間にかまわぬ日本人の習慣だったそうです。「呆れるくらいの悠長さだ」とあるオランダ人は語っています。
そんな日本人でしたが、今では時間に対してとても几帳面になりました。これは、時計の普及と鉄道の発達がそうさせたそうです。幕末の日本人は時計など持っていませんので、待ち合わせに遅れることも、またそれを悠長に構えるのも当然だったと言えましょう。
ところで私には時計を持っていない友人がいます。いつも10時に待ち合わせるのですが、彼は待ち合わせの時刻から、きっかり5分遅れてやって来ます。おそらく彼の体内時計は、明石天文台で刻む日本標準時からきっかり5分遅れて時間を刻んでいるのでしょう。
朝日のコラムを読んで、私には彼が大変几帳面な人物に思えてきました。それで待ち合わせ時刻を10時5分に変えましたが、きっかり10時5分に来るかどうかは微妙なところです。
しかし、何時何分に来たとしても気にならない悠長さをもてるようになったと思います。
そんな日本人でしたが、今では時間に対してとても几帳面になりました。これは、時計の普及と鉄道の発達がそうさせたそうです。幕末の日本人は時計など持っていませんので、待ち合わせに遅れることも、またそれを悠長に構えるのも当然だったと言えましょう。
ところで私には時計を持っていない友人がいます。いつも10時に待ち合わせるのですが、彼は待ち合わせの時刻から、きっかり5分遅れてやって来ます。おそらく彼の体内時計は、明石天文台で刻む日本標準時からきっかり5分遅れて時間を刻んでいるのでしょう。
朝日のコラムを読んで、私には彼が大変几帳面な人物に思えてきました。それで待ち合わせ時刻を10時5分に変えましたが、きっかり10時5分に来るかどうかは微妙なところです。
しかし、何時何分に来たとしても気にならない悠長さをもてるようになったと思います。
2009年12月25日金曜日
壇ノ浦
今読んでいる本は、岩波新書の「平家の群像」です。平家の公達の中でもイケメンの平維盛(これもり)と平重衡(しげひら)を取り上げています。重衡は清盛の五男、維盛は清盛の長男重盛(しげもり)の長男です。大河ドラマ「義経」では、維盛を賀集利樹、重衡を細川茂樹、重盛を勝村政信が演じました。
重衡は「牡丹の花の武将」、維盛は「光源氏の再来」ともてはやされました。しかし、二人とも非業の最期をとげています。
ここでとりあげるのはその二人の話ではなく、小松殿と言われた平重盛です。重盛は聡明で、父清盛をよく補佐し一門の隆盛に大いに貢献しました。残念ながら清盛より早く死亡してしまい、これが平家没落の一因となりました。
ある会合で、呉市の市議会議員に重盛さんという方と一緒になったので、「ひょっとして平家の一門ですか。」と尋ねたところ「そうだ。」と答えられました。
そこで「私の姓『松坂』は伊勢の松阪出身に違いないので、伊勢平氏の出でしょう。」と言ったところ、「こないだの戦(いくさ)に勝っとりゃー、お互い議員して苦労せんでもすんどったのにのー。」とおっしゃられました。
不思議に思い、「こないだの戦たぁ、いつの戦のことですか。」と尋ねると、重盛さんはにやりと笑って「壇ノ浦よね。」と答えました。
この瞬間、重盛さんこそ正真正銘の平家の末裔と確信しました。900年の遺恨忘れいでか、という気概を感じました。
2009年12月24日木曜日
偶然の旅行者
昨日の記事のあとの話です。
東京で地方議員の研修会を終えた帰途で新幹線に乗り込むと、臨席は若い女性でした。
着席するや「電話をかけて良いですか。」と聞かれるので、「どうぞ。」と言いました。。そう言ったあと、私は良いけれど周囲の人は迷惑かなと思っている間に、電話で話し始めました。どうやらバイト先に電話をかけているようでしきりに頭を下げて謝っています。
お祖母さんが突然亡くなられて、帰郷しないといけなくなったという内容だとわかりました。 電話が終わった時、やはりここは一声かけようと思い、
「ご愁傷さまです。大変ですね。」
とお悔やみを述べると、
「ありがとうございます。」
と返答がありました。
彼女は関東の実家から大学に通っているが、今朝入院中の祖母が突然亡くなったので、中国地方にある祖父母の家まで行くとのことでした。両親も後から駆け付けるという話でした。
もともと九州の出身で、父親の転勤で関東に引っ越したが、最初は言葉が通じなかったとか、今住んでいる所は見渡す限りの原っぱで何も無いところだとか、私は行ったことが無いので行ってみたい、などとたわいも無い話から、彼女の卒業論文のテーマに至るまで多岐に渡りました。女子大生の就職は難しく、彼女もまだ決まっていないということも聞きました。
私は4時間楽しく話したのですが、悲しみにくれていたはずの彼女はどうだったのでしょうか。
最後に4時間相手をしてくれたお礼を言うと、
「ひとりでいると、いろいろ考えてしまうのでお話できて良かったです。」
と言われ、少しほっとしながら新幹線を降りたのでした。
東京で地方議員の研修会を終えた帰途で新幹線に乗り込むと、臨席は若い女性でした。
着席するや「電話をかけて良いですか。」と聞かれるので、「どうぞ。」と言いました。。そう言ったあと、私は良いけれど周囲の人は迷惑かなと思っている間に、電話で話し始めました。どうやらバイト先に電話をかけているようでしきりに頭を下げて謝っています。
お祖母さんが突然亡くなられて、帰郷しないといけなくなったという内容だとわかりました。 電話が終わった時、やはりここは一声かけようと思い、
「ご愁傷さまです。大変ですね。」
とお悔やみを述べると、
「ありがとうございます。」
と返答がありました。
彼女は関東の実家から大学に通っているが、今朝入院中の祖母が突然亡くなったので、中国地方にある祖父母の家まで行くとのことでした。両親も後から駆け付けるという話でした。
もともと九州の出身で、父親の転勤で関東に引っ越したが、最初は言葉が通じなかったとか、今住んでいる所は見渡す限りの原っぱで何も無いところだとか、私は行ったことが無いので行ってみたい、などとたわいも無い話から、彼女の卒業論文のテーマに至るまで多岐に渡りました。女子大生の就職は難しく、彼女もまだ決まっていないということも聞きました。
私は4時間楽しく話したのですが、悲しみにくれていたはずの彼女はどうだったのでしょうか。
最後に4時間相手をしてくれたお礼を言うと、
「ひとりでいると、いろいろ考えてしまうのでお話できて良かったです。」
と言われ、少しほっとしながら新幹線を降りたのでした。
2009年12月23日水曜日
議員年金の問題
12月21日に、東京で民主党政令指定都市政策協議会がありました。広島市議会議員で民主党員は森本と松坂の2名ですが、幹事である私が出席しました。18市合計で103名の参加でした。会議の議題は、議員年金の問題です。
現在地方議員は報酬月額の16%、広島市の場合99,200円を年金保険料として天引きされています。ボーナス月は7.5%です。市議会議員共済は会員が21,766人に対し、受給者数は61,716人と、1人の議員の掛け金と国庫負担とで3人弱の議員OBの年金を賄っています。議員の掛け金と国庫負担の割合は、6対4です。
平成14年と18年に、議員負担の引き上げと給付の引き下げを行いました。しかしすでに破綻しており、積立金は23年度に枯渇します。それ以降にどうするかということで、地方議員年金制度検討会が21日に報告書を提示しました。
A案とB案はいずれも、
「年金制度を存続させるが、議員負担と国庫負担は大幅に増やし、給付額は減額する。」
というものです。
もうひとつは廃止すると言う案です。12年以上勤続の議員は、65歳になったら現行の年金額が支給される。一方12年未満の議員は、掛け金総額の64%を一時金で受け取ると言うものです。
幹事会や総会では、もっぱら勤続12年を過ぎた議員団長のような人たちが次々に立って、
「3つの案には反対で、国庫負担を大幅に増額して存続させよ。年金制度が無くなれば若い議員の生活設計はどうなるのか。」などと発言しました。
そんな中、京都市の一期目の若い議員が、「沈み行く泥舟から、早く降ろして欲しい。私は、議員年金が欲しくて議員に出たのでは無い。」と意見を述べました。
その後、会長が急きょ幹事会を再招集しました。しかし、千葉市の1期目の議員が、「民主党政権のもとで新しく生活保障年金に組み込まれるのだから、議員年金も新しい制度の中で考えるべきだ。」と発言し、あくまで現行制度を存続させようというベテラン議員と意見を異にしました。いずれも勇気あるひとことです。
私自身のの意見も、この京都と千葉の議員に近いもので、さっさと廃止すべきだと思います。それでも、受給資格のある人たちがいなくなるまで公費負担は引き続きます。しかし、どこかでおしまいにしないと国民の理解は得られないものだと思います。
現在地方議員は報酬月額の16%、広島市の場合99,200円を年金保険料として天引きされています。ボーナス月は7.5%です。市議会議員共済は会員が21,766人に対し、受給者数は61,716人と、1人の議員の掛け金と国庫負担とで3人弱の議員OBの年金を賄っています。議員の掛け金と国庫負担の割合は、6対4です。
平成14年と18年に、議員負担の引き上げと給付の引き下げを行いました。しかしすでに破綻しており、積立金は23年度に枯渇します。それ以降にどうするかということで、地方議員年金制度検討会が21日に報告書を提示しました。
A案とB案はいずれも、
「年金制度を存続させるが、議員負担と国庫負担は大幅に増やし、給付額は減額する。」
というものです。
もうひとつは廃止すると言う案です。12年以上勤続の議員は、65歳になったら現行の年金額が支給される。一方12年未満の議員は、掛け金総額の64%を一時金で受け取ると言うものです。
幹事会や総会では、もっぱら勤続12年を過ぎた議員団長のような人たちが次々に立って、
「3つの案には反対で、国庫負担を大幅に増額して存続させよ。年金制度が無くなれば若い議員の生活設計はどうなるのか。」などと発言しました。
そんな中、京都市の一期目の若い議員が、「沈み行く泥舟から、早く降ろして欲しい。私は、議員年金が欲しくて議員に出たのでは無い。」と意見を述べました。
その後、会長が急きょ幹事会を再招集しました。しかし、千葉市の1期目の議員が、「民主党政権のもとで新しく生活保障年金に組み込まれるのだから、議員年金も新しい制度の中で考えるべきだ。」と発言し、あくまで現行制度を存続させようというベテラン議員と意見を異にしました。いずれも勇気あるひとことです。
私自身のの意見も、この京都と千葉の議員に近いもので、さっさと廃止すべきだと思います。それでも、受給資格のある人たちがいなくなるまで公費負担は引き続きます。しかし、どこかでおしまいにしないと国民の理解は得られないものだと思います。
2009年12月21日月曜日
映画の映像
議会が済んだので久しぶりに映画に行きました。本当に久しぶりでした。観たのは「ゼロの焦点」です。松本清張が金沢を舞台に書いた推理小説を映画化したものですです。戦中戦後の暗い世相を背景にしていましたが、連続殺人を題材にしているとは言え、映像が恐ろしすぎました。犬童一心監督の演出はややオーバーでしょう。
その一方で、優れた映像美を感じたのは女優さんのアップです。広末涼子・中谷美紀・木村多江の3人が、アップ、またアップ、とにかくアップの連続で、それはそれは美しい映像でした。原作を読んでおり、ストーリーは分かっているので、ひたすらスクリーンを見つめていました。
特に中谷と木村の演技には、以前見た「嫌われ松子の一生」や「ぐるりのこと」で感動していたこともあり、ついつい二人に見とれてしまいました。二人が夜、車で走りながら前の座席と後で会話するシーン、中谷が車を停めて木村を殺そうとするシーンで、語る側がアップになるのです。ここが映画のクライマックスだったと思います。
ちょっと気付いたのですが、広末は鼻梁の線が途中から角度が上向きになっていることを発見しました。女優さんの顔というのは、どこか他人と違った特徴があり、そこにチャームポイントがあるのでしょう。
3人とも旬の女優さんで、今後も良い作品を見せてもらいたいなと思います。
その一方で、優れた映像美を感じたのは女優さんのアップです。広末涼子・中谷美紀・木村多江の3人が、アップ、またアップ、とにかくアップの連続で、それはそれは美しい映像でした。原作を読んでおり、ストーリーは分かっているので、ひたすらスクリーンを見つめていました。
特に中谷と木村の演技には、以前見た「嫌われ松子の一生」や「ぐるりのこと」で感動していたこともあり、ついつい二人に見とれてしまいました。二人が夜、車で走りながら前の座席と後で会話するシーン、中谷が車を停めて木村を殺そうとするシーンで、語る側がアップになるのです。ここが映画のクライマックスだったと思います。
ちょっと気付いたのですが、広末は鼻梁の線が途中から角度が上向きになっていることを発見しました。女優さんの顔というのは、どこか他人と違った特徴があり、そこにチャームポイントがあるのでしょう。
3人とも旬の女優さんで、今後も良い作品を見せてもらいたいなと思います。
2009年12月20日日曜日
議会の最終日
12月議会は18日をもって終わりました。最終日は市長の提案と、議員提案による意見書を採択するかどうか議員が判断します。
まずは、提案者の市長や議員が提案理由を説明します。質問がある議員は市長や議員に対して行います。提案に反対の議員は、反対討論を行い反対理由を述べます。一方賛成の議員は賛成理由を述べます。それから採決をとり、出席議員の過半数をもって可決とします。採決は原則として起立で行います。誰が賛成で誰が反対かが一目で分かります。
しかし、反対討論をせずに反対されると、どんな理由があって反対したのかが分かりません。
来年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議での「ヒロシマ・ナガサキ議定書」採択に向けた意見書案について、自民党・新政クラブと政和クラブ(自民党系)が反対しました。核兵器廃絶を目指す手順を示した議定書の趣旨に反対するということになるのですが、反対討論はありませんでした。つまり反対した理由は不明のままなのです。
どうも議会が言論の府という意味を理解していないようです。他の議案でも、4人会派のうち3人は賛成しましたが、1人だけ反対しました。この議員も反対の理由を述べなかったため、何を考えているのかさっぱりわかりませんでした。
近年になって、ちゃんと討論をして反対や賛成の理由を議事録に残そうという議員が増えてきました。一方で、討論せずに理由無く反対してきた議員や、討論の大切さも分からずバッジを着けた議員が存在し続けているのも事実です。
まずは、提案者の市長や議員が提案理由を説明します。質問がある議員は市長や議員に対して行います。提案に反対の議員は、反対討論を行い反対理由を述べます。一方賛成の議員は賛成理由を述べます。それから採決をとり、出席議員の過半数をもって可決とします。採決は原則として起立で行います。誰が賛成で誰が反対かが一目で分かります。
しかし、反対討論をせずに反対されると、どんな理由があって反対したのかが分かりません。
来年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議での「ヒロシマ・ナガサキ議定書」採択に向けた意見書案について、自民党・新政クラブと政和クラブ(自民党系)が反対しました。核兵器廃絶を目指す手順を示した議定書の趣旨に反対するということになるのですが、反対討論はありませんでした。つまり反対した理由は不明のままなのです。
どうも議会が言論の府という意味を理解していないようです。他の議案でも、4人会派のうち3人は賛成しましたが、1人だけ反対しました。この議員も反対の理由を述べなかったため、何を考えているのかさっぱりわかりませんでした。
近年になって、ちゃんと討論をして反対や賛成の理由を議事録に残そうという議員が増えてきました。一方で、討論せずに理由無く反対してきた議員や、討論の大切さも分からずバッジを着けた議員が存在し続けているのも事実です。
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