前回の続きです。
清水正剛館長は、ほとんどわたしの提案を受け入れてくれました。
1.一階のフロアーに待ち合い用の椅子をおくこと。
2.上映1時間よりも前に来られたお客様には、窓口で入場券を販売すること。
3.図書館の2階の廊下から、ライブラリーの2階の受付に来られた場合、1階の職員が2階に上がってきて、入場券を販売すること。
4.映画の開始前には上映される映画の説明を学芸員がおこない、あわせて静かに鑑賞するようお願いすること。
5.騒がしいお客様には、館員が適宜注意すること
などが決められました。
さて、実際に鑑賞です。
12月15日の日曜日、14時から無声映画「滝の白糸」の上映、弁士は斎藤裕子さんです。お年寄りを中心にかなりの入りで、中には若い男性の姿もありました。
学芸員の作品紹介につづいて、斎藤裕子さんによる解説です。主演の入江たか子は昭和8年当時としては珍しい八頭身美人で、水着のグラビアも残しています。相手役の岡田時彦は、女優の岡田茉莉子の父親です。
斎藤さんの名調子で映画が始まりました。水芸人の滝の白糸(入江)が、貧しいながらも法曹界をめざす村越欣也(岡田)と愛を語る、金沢の浅野川の畔です。流れる音楽はメリー・ウィドウ・ワルツ。 白糸は不遇の欣也に、仕送りをして学業を支えると誓います。
それから三年。水芸もいきづまり、高利貸しに身体を任せて借りた300万円。これを高利貸しの手先に強奪され、白糸は高利貸しの屋敷に戻り、これを刺殺してしまうのです。白糸は逮捕され出廷させられます。そこへ検事代理として現れたのが欣也です。その立派な姿を見て、白糸は満足するのでした。
罪状を告白し、欣也から強盗殺人の罪を告げられた白糸は、その場で自殺して果てます。恩人とも言うべき白糸を裁かなければならなかった欣也は、自分のために白糸が人殺しをしてまで仕送りを続けたことに自責の念を抱き、浅野川の畔で拳銃自殺をとげるのです。
白糸が高利貸しを殺害したのち、欣也に会うため上京し下宿を訪ねる場面があります。欣也は留守でしたが、お婆さんから、「いつも姉さんが、仕送りを送ってくれるんだ。お姉さんのためにも早く卒業して、勤めに出られるようにならないと」といつも言われてましたと聞き、白糸は満足そうに涙を流します。
わたしはこの映画では何度か泣きましたが、この場面は泣けて泣けてしかたがありませんでした。わたしもつらい思いをして、二人の子どもを県外の大学にやりました。子どもたちも欣也のように感謝してくれていると思うと白糸のように泣けてきました。
ラストシーンでエンドマークが流れます。
弁士の斎藤さんが名調子で「泉鏡花原作、溝口健二監督、滝の白糸一巻のおわりでございます。」
わたしは、割れんばかりの拍手を送りました。場内の観客も、また割れんばかりの拍手でした。斎藤さんも学芸員も喜んでいました。
無声映画で活弁が付くなど、商業映画館ではとても望めないサービスです。
ライブラリーのこれからの奮闘に期待します。
2013年12月16日月曜日
2013年12月3日火曜日
広島市映像文化ライブラリー(その一)
広島市映像文化ライブラリーは、広島市中央図書館と合築で1982年(昭和57年)開館しました。日本の映画作品を中心に、貴重な映像を収集して上映しています。
わたしも古い映画、名作映画が好きで何度か足を運びました。昭和58年に山本薩夫監督、田宮次郎主演の「白い巨塔」を観に行ったときは超満員の札止めで、次の上映の券を買って時間をつぶしてから入場しました。
それから何度か観に行きましたが、黒沢明監督、森雅之主演の「白痴」を観ていた時のことです。高齢の女性が、面白くなかったのか声高におしゃべりを始めました。映画は3時間ほどの大作のため、2時間くらいそのおしゃべりを聞かされました。その後はあまり観に行かなくなりました。
先日、故・大島渚監督の「絞死刑」を観に行きました。きわめて難解な映画でしたが、わたしのひとつ後ろの列の男性2名と女性2名とが、声高に「おもしろうないのう」 「なんじゃーこりゃー」とかしゃべっていました。いずれも高齢の方々でした。
大半の観客は静かに鑑賞されていましたが、我慢されていました。
他にも気づいたことがありました。
「絞死刑」の上映は14時からでした。12時半にライブラリーに行くと、券売機が一階のロビーにありました。券売機の前に立札があり、13時までは入場券を発売しないと書いてありました。
隣の窓口で聞いてみましたが、13時までは売らないと言われました。その理由は言われませんでした。
ここで待つかと思いましたが、ロビーには一脚の椅子も無く、高齢の男性が床にじかに腰かけていました。奇異な光景でした。
図書館に入ると、二階に大きな廊下があり南北に向かっています。
地下の食堂からその廊下に上がり南に歩いていると、「左に曲がるとライブラリーの二階に出る」と表示がしてありました。その通りに進むと、ライブラリーの二階にでました。そこにはカウンターがあって二人の女性が立っていました。入場券は持ってないと言うと、一階で買ってきてくださいと言われました。
このカウンターではチケットは売らないのだそうです。券売機は二階には無いので、階段で一階におりてから購入した後,こんどは階段を上がって二階に上がりました。
ようやくカウンターを通ることができましたが、手間を取らせて申し訳ないという言葉は無く、気遣いの気持ちは感じられませんでした。
以前に来たときとは券の購入の仕方も変わっており、述べたように戸惑うことがいくつもありました。映画館としての魅力も感じなければ、職員にも新しく鑑賞者を増やそうとか、一度来た人に二度目もまた来てもらおうという気持ちが感じられません。
この疑問を清水正剛図書館長に聞くことにしました。
(つづく)
わたしも古い映画、名作映画が好きで何度か足を運びました。昭和58年に山本薩夫監督、田宮次郎主演の「白い巨塔」を観に行ったときは超満員の札止めで、次の上映の券を買って時間をつぶしてから入場しました。
それから何度か観に行きましたが、黒沢明監督、森雅之主演の「白痴」を観ていた時のことです。高齢の女性が、面白くなかったのか声高におしゃべりを始めました。映画は3時間ほどの大作のため、2時間くらいそのおしゃべりを聞かされました。その後はあまり観に行かなくなりました。
先日、故・大島渚監督の「絞死刑」を観に行きました。きわめて難解な映画でしたが、わたしのひとつ後ろの列の男性2名と女性2名とが、声高に「おもしろうないのう」 「なんじゃーこりゃー」とかしゃべっていました。いずれも高齢の方々でした。
大半の観客は静かに鑑賞されていましたが、我慢されていました。
他にも気づいたことがありました。
「絞死刑」の上映は14時からでした。12時半にライブラリーに行くと、券売機が一階のロビーにありました。券売機の前に立札があり、13時までは入場券を発売しないと書いてありました。
隣の窓口で聞いてみましたが、13時までは売らないと言われました。その理由は言われませんでした。
ここで待つかと思いましたが、ロビーには一脚の椅子も無く、高齢の男性が床にじかに腰かけていました。奇異な光景でした。
図書館に入ると、二階に大きな廊下があり南北に向かっています。
地下の食堂からその廊下に上がり南に歩いていると、「左に曲がるとライブラリーの二階に出る」と表示がしてありました。その通りに進むと、ライブラリーの二階にでました。そこにはカウンターがあって二人の女性が立っていました。入場券は持ってないと言うと、一階で買ってきてくださいと言われました。
このカウンターではチケットは売らないのだそうです。券売機は二階には無いので、階段で一階におりてから購入した後,こんどは階段を上がって二階に上がりました。
ようやくカウンターを通ることができましたが、手間を取らせて申し訳ないという言葉は無く、気遣いの気持ちは感じられませんでした。
以前に来たときとは券の購入の仕方も変わっており、述べたように戸惑うことがいくつもありました。映画館としての魅力も感じなければ、職員にも新しく鑑賞者を増やそうとか、一度来た人に二度目もまた来てもらおうという気持ちが感じられません。
この疑問を清水正剛図書館長に聞くことにしました。
(つづく)
2013年10月30日水曜日
報道の自由と傍聴権
10月29日に、「第1回広島市競輪運営委員会」が、市役所本庁舎14階・第5会議室で開催されました。一般市民の傍聴は自由で、報道機関へも公開されました。
わたしも傍聴席に座り、約10名の傍聴者と静粛に議事を傍聴しました。
まず松井市長があいさつに立ち、広島競輪の実態を話しましたが、廃止ありきという論旨の展開でした。委員会の目的である、第3者の意見を聞いて決めるという姿勢からは、かけ離れたあいさつでした。
ついで委員長に広島大学教授の伊藤敏安氏が互選で選ばれました。
その間、マスコミ各社のカメラクルーは会場内を自由きままに動き回り、市長や発言者のベストショットを狙おうと位置取りに血眼です。
大きなカメラと大きな集音マイクを担いだ組が、NHK,RCC,HTV,TSS,ホームテレビと五組あり、傍聴席の前もクルーでいっぱいです。発言者の顔も見れなければ、スライドの画面も見えません。
競輪事務局の課長補佐に「会議が見えない」というと、課長補佐は企画総務局の広報課が取材場所を制限しないでくれと依頼して来たといいます。
報道の自由があるからといって、傍聴者の傍聴する権利を侵害してよいのかと思いましたが、会議の進行中なので、だまって着席していました。
2時間の会議中、HTVのカメラクルーの集音マイクを持った女性が、1時間以上わたしの席の前に立ちふさがり、傍聴をさまたげました。HTVのカメラマンもそれを注意する様子はありませんでした。女性は用事も無く手持無沙汰なようでしたが、手持無沙汰なら部屋のすみにでも退けばいいのにと思いました。
広報課から自由自在の取材が許されているのでしょうが、傍聴の妨害まで報道機関に許しているとは思えません。
明日、仙波広報課長から説明を聞きます。
わたしも傍聴席に座り、約10名の傍聴者と静粛に議事を傍聴しました。
まず松井市長があいさつに立ち、広島競輪の実態を話しましたが、廃止ありきという論旨の展開でした。委員会の目的である、第3者の意見を聞いて決めるという姿勢からは、かけ離れたあいさつでした。
ついで委員長に広島大学教授の伊藤敏安氏が互選で選ばれました。
その間、マスコミ各社のカメラクルーは会場内を自由きままに動き回り、市長や発言者のベストショットを狙おうと位置取りに血眼です。
大きなカメラと大きな集音マイクを担いだ組が、NHK,RCC,HTV,TSS,ホームテレビと五組あり、傍聴席の前もクルーでいっぱいです。発言者の顔も見れなければ、スライドの画面も見えません。
競輪事務局の課長補佐に「会議が見えない」というと、課長補佐は企画総務局の広報課が取材場所を制限しないでくれと依頼して来たといいます。
報道の自由があるからといって、傍聴者の傍聴する権利を侵害してよいのかと思いましたが、会議の進行中なので、だまって着席していました。
2時間の会議中、HTVのカメラクルーの集音マイクを持った女性が、1時間以上わたしの席の前に立ちふさがり、傍聴をさまたげました。HTVのカメラマンもそれを注意する様子はありませんでした。女性は用事も無く手持無沙汰なようでしたが、手持無沙汰なら部屋のすみにでも退けばいいのにと思いました。
広報課から自由自在の取材が許されているのでしょうが、傍聴の妨害まで報道機関に許しているとは思えません。
明日、仙波広報課長から説明を聞きます。
2013年10月25日金曜日
保育の充実(下)
前回の続きです。
待機児が0名だったA区のX保育所は、保育サービスアドバイザーから「たぶん大丈夫だろう」と言われたそうですが、あえなく選にもれました。友人夫婦は落胆していると言うのことだったので、事情を聞きにA区役所に行きました。
同行したのは、こども未来局の保育指導課長です。A区の保健福祉課長と保育サービスアドバイザー(以下アドバイザー)が迎えてくれました。
まずはアドバイザーが、
「X保育園への入園のことで『たぶん大丈夫だろう』と言ったおぼえはありません」
「いろいろやりとりしましたが、わたしは間違ったことはしていません」
と、主張されました。
夫人の通勤経路を示してくれと言うと、家はA区のN町だと言いました。
「勤務地であるPはどこか、地図の上で示してください」と言うと、B区のY町を指で探していました。
勤務地であるPはC区です。見つかるわけがありません。
「PはB区じゃないでしょう」と言うと、保健福祉課長が「PはC区ですよ」と助け舟を出しました。
しかし、ようやくアドバイザーが「ここです」と指差した場所は「P前」という電停でした。1か月前に夫人とPの場所について協議していたのなら、Pを忘れるはずはありません。
空きがあるかどうかについては、A区は空きなし、B区はY町に空きの出る可能性のある保育所がひとつあるという情報をアドバイザーから提供をしたそうです。
勤務地のPの近くのC区の保育所で空きがあるかどうかは、アドバイザーは知りませんでしたし、情報提供ももちろんしていません。C区には問い合わせしなかったそうです。
また、入園希望をするときに待機児が0名だからといって、申し込んだ順に入れるのではなく、毎月審査をして、後から申し込んだ人が入る場合もあるというシステムも聞きました。
そして10月以降、来年の4月まで退園する子どもは、例年まずいないことも聞きました。
「では定員いっぱい在籍している保育園にはまず入園できないのですか」と聞くと、アドバイザーも二人の課長も「そうです」と答えました。
夫婦は期待を抱きながら、まず入園できないであろうA区とB区の保育園を入園希望であると記入して申し込んだのです。選にもれるのは明らかであったにも関わらずです。
アドバイザーは、「両親が決めたのだから、わたしがどうこう言う問題では無い」と言いました。
しかし、少なくとも勤務地Pの近くにある保育所の空き状況はどうだったのか。A区とB区の保育所は申し込んでも、来年の4月まではまず入園できない、という情報も合わせて提供すべきだったのではないでしょうかと三人に言いました。
「希望する保育園以外の空きのある保育園への入園の斡旋等を行う。」と、アドバイザーの職務について予算説明書にはっきりと書いてあります。
それにもかかわらず、アドバイザーが「親が希望するのだから仕方が無い」などと言うのは職務怠慢と言わざるをえません。上司である課長も業務について指示をしていません。これも職務怠慢だと思います。
そのような仕事に対して、年間239万9千円が市費からアドバイザーに支払われているのです。
わたしは三人に対して、「ひとつも役に立っていないではないですか」と言ってやりました。
待機児が0名だったA区のX保育所は、保育サービスアドバイザーから「たぶん大丈夫だろう」と言われたそうですが、あえなく選にもれました。友人夫婦は落胆していると言うのことだったので、事情を聞きにA区役所に行きました。
同行したのは、こども未来局の保育指導課長です。A区の保健福祉課長と保育サービスアドバイザー(以下アドバイザー)が迎えてくれました。
まずはアドバイザーが、
「X保育園への入園のことで『たぶん大丈夫だろう』と言ったおぼえはありません」
「いろいろやりとりしましたが、わたしは間違ったことはしていません」
と、主張されました。
夫人の通勤経路を示してくれと言うと、家はA区のN町だと言いました。
「勤務地であるPはどこか、地図の上で示してください」と言うと、B区のY町を指で探していました。
勤務地であるPはC区です。見つかるわけがありません。
「PはB区じゃないでしょう」と言うと、保健福祉課長が「PはC区ですよ」と助け舟を出しました。
しかし、ようやくアドバイザーが「ここです」と指差した場所は「P前」という電停でした。1か月前に夫人とPの場所について協議していたのなら、Pを忘れるはずはありません。
空きがあるかどうかについては、A区は空きなし、B区はY町に空きの出る可能性のある保育所がひとつあるという情報をアドバイザーから提供をしたそうです。
勤務地のPの近くのC区の保育所で空きがあるかどうかは、アドバイザーは知りませんでしたし、情報提供ももちろんしていません。C区には問い合わせしなかったそうです。
また、入園希望をするときに待機児が0名だからといって、申し込んだ順に入れるのではなく、毎月審査をして、後から申し込んだ人が入る場合もあるというシステムも聞きました。
そして10月以降、来年の4月まで退園する子どもは、例年まずいないことも聞きました。
「では定員いっぱい在籍している保育園にはまず入園できないのですか」と聞くと、アドバイザーも二人の課長も「そうです」と答えました。
夫婦は期待を抱きながら、まず入園できないであろうA区とB区の保育園を入園希望であると記入して申し込んだのです。選にもれるのは明らかであったにも関わらずです。
アドバイザーは、「両親が決めたのだから、わたしがどうこう言う問題では無い」と言いました。
しかし、少なくとも勤務地Pの近くにある保育所の空き状況はどうだったのか。A区とB区の保育所は申し込んでも、来年の4月まではまず入園できない、という情報も合わせて提供すべきだったのではないでしょうかと三人に言いました。
「希望する保育園以外の空きのある保育園への入園の斡旋等を行う。」と、アドバイザーの職務について予算説明書にはっきりと書いてあります。
それにもかかわらず、アドバイザーが「親が希望するのだから仕方が無い」などと言うのは職務怠慢と言わざるをえません。上司である課長も業務について指示をしていません。これも職務怠慢だと思います。
そのような仕事に対して、年間239万9千円が市費からアドバイザーに支払われているのです。
わたしは三人に対して、「ひとつも役に立っていないではないですか」と言ってやりました。
保育の充実(上)
広島市の保育園は待機児童であふれています。
入園を申し込んでも、希望する日時から希望する保育園に入園できることは、まずありません。
待機児対策として、広島市は「保育サービス相談事業」を2013年度から開始しました。予算額は2,374万9千円です。
事業の内容は、「各区役所に保育サービスアドバイザーを1名配置し、一時預かり事業や幼稚園預かり保育など多様な保育サービスの情報提供を行うとともに、希望する保育園以外の空きのある保育園への入園の斡旋等を行う。」となっています。
こども未来局長は3月の予算特別委員会以来、議員から待機児童対策を質問されるごとに、この保育サービスアドバイザー(以下、アドバイザー)を配置したことを答弁していました。わたしはこのアドバイザーの配置で、待機児童のうち何人かが保育所に入園したり、他のサービスを受けられているものと思っていました。
わたしの友人は広島市のA区に居住しており、夫人と二人フルタイムで働いています。産休をとっていたのですが、11月から夫人は職場復帰することになり、保育園への入園をA区の保健福祉課へ相談に行きました。
友人も夫人も勤務地はC区で、毎朝自宅のあるA区を出発してからB区を経由して、C区に勤めに出ます。
保健福祉課の窓口で対応したのはA区のアドバイザーでした。アドバイザーは窓口において地図を広げ、通勤経路などを確認しながら、保育園の待機者の有無を含む情報提供を行ったそうです。
A区は空きが無かったので、B区で一つだけ空きが出る可能性のある保育園を提案したそうです。
友人夫婦は話し合い、翌日に申込書を提出しました。
第一希望はA区のX保育園で待機児0、第2希望はA区のY保育園で待機児5名、第3、第4はB区の保育園で待機児はいずれも10名以上でした。アドバイザーが提案した保育園は希望しませんでした。
友人は、「X保育園は待機児がいないから、比較的入りやすいだろう。アドバイザーからも、たぶん大丈夫だろうと言われた。」と、わたしに言っていました。
ところが、郵便で通知は4つの保育園とも選考にもれたという結果でした。
友人夫婦はひどく落ち込みました。
(つづく)
入園を申し込んでも、希望する日時から希望する保育園に入園できることは、まずありません。
待機児対策として、広島市は「保育サービス相談事業」を2013年度から開始しました。予算額は2,374万9千円です。
事業の内容は、「各区役所に保育サービスアドバイザーを1名配置し、一時預かり事業や幼稚園預かり保育など多様な保育サービスの情報提供を行うとともに、希望する保育園以外の空きのある保育園への入園の斡旋等を行う。」となっています。
こども未来局長は3月の予算特別委員会以来、議員から待機児童対策を質問されるごとに、この保育サービスアドバイザー(以下、アドバイザー)を配置したことを答弁していました。わたしはこのアドバイザーの配置で、待機児童のうち何人かが保育所に入園したり、他のサービスを受けられているものと思っていました。
わたしの友人は広島市のA区に居住しており、夫人と二人フルタイムで働いています。産休をとっていたのですが、11月から夫人は職場復帰することになり、保育園への入園をA区の保健福祉課へ相談に行きました。
友人も夫人も勤務地はC区で、毎朝自宅のあるA区を出発してからB区を経由して、C区に勤めに出ます。
保健福祉課の窓口で対応したのはA区のアドバイザーでした。アドバイザーは窓口において地図を広げ、通勤経路などを確認しながら、保育園の待機者の有無を含む情報提供を行ったそうです。
A区は空きが無かったので、B区で一つだけ空きが出る可能性のある保育園を提案したそうです。
友人夫婦は話し合い、翌日に申込書を提出しました。
第一希望はA区のX保育園で待機児0、第2希望はA区のY保育園で待機児5名、第3、第4はB区の保育園で待機児はいずれも10名以上でした。アドバイザーが提案した保育園は希望しませんでした。
友人は、「X保育園は待機児がいないから、比較的入りやすいだろう。アドバイザーからも、たぶん大丈夫だろうと言われた。」と、わたしに言っていました。
ところが、郵便で通知は4つの保育園とも選考にもれたという結果でした。
友人夫婦はひどく落ち込みました。
(つづく)
2013年10月13日日曜日
カープ、阪神に勝つ
10月13日、広島カープは阪神タイガースを7対4でやぶり、2連勝でクライマックス・シリーズ・ファイナルステージに進むことになりました。
12日はカープの4番、キラの3ランホームランと先発前田健太の7回1失点の好投で、8対1と勝利をおさめていました。
13日は、先発のバリントンが初回1点を失い、阪神の先発メッセンジャーを打ちあぐねていただけに、苦戦が予想されました。
仕事を終えて帰宅しすぐテレビをつけると、4番のキラがいきなり頭の高さに来たボール球を、引っぱたきました。これがライト線の二塁打となって同点です。6番のエルドレットは、内角の直球を引っ張りました。これも三遊間をやぶって2対1と逆転です。
その後もカープ打線は打ち続けました。バリントンのあと横山、永川、ミコライオの投手リレーで7対4の快勝です。何もかもうまくいった二連戦でした。
今年のカープは、例年通り負けが先行するパターンでした。わたしもマツダスタジアムに足を運びましたが5連敗。シーズン終盤にようやく二つ勝ちました。
それだけに、この阪神戦の2連勝は各選手感慨もひとしおでしょう。
ほとんどの選手は、けがや成績不良で1年間通して出場してはいません。その選手たちが、この2試合、それぞれの持ち場で活躍しました。
力感あふれる投球、守備のファインプレー、無造作に決めるバント、バットスィングも思い切りの良いものでした。
思わずテレビの前で、拍手し声援を送っていました。
次は巨人です。
札幌、仙台、広島、福岡の4都市を比較して、札仙広福と呼ばれています。広島の財界人や保守政治家が好んで使っています。札仙広福の中で負けているという具合にです。
広島カープが北海道日本ハムファイターズや東北楽天イーグルスや福岡ソフトバンクホークスに負けていると、広島の財界人や政治家に言われているようなものです。
札仙広福ではなくて、目指す相手は東京読売巨人軍であり大阪阪神タイガースであり名古屋中日ドラゴンズなのです。
名古屋と大阪を倒したので、つぎは東京の番です。しっかり応援しましょう。
12日はカープの4番、キラの3ランホームランと先発前田健太の7回1失点の好投で、8対1と勝利をおさめていました。
13日は、先発のバリントンが初回1点を失い、阪神の先発メッセンジャーを打ちあぐねていただけに、苦戦が予想されました。
仕事を終えて帰宅しすぐテレビをつけると、4番のキラがいきなり頭の高さに来たボール球を、引っぱたきました。これがライト線の二塁打となって同点です。6番のエルドレットは、内角の直球を引っ張りました。これも三遊間をやぶって2対1と逆転です。
その後もカープ打線は打ち続けました。バリントンのあと横山、永川、ミコライオの投手リレーで7対4の快勝です。何もかもうまくいった二連戦でした。
今年のカープは、例年通り負けが先行するパターンでした。わたしもマツダスタジアムに足を運びましたが5連敗。シーズン終盤にようやく二つ勝ちました。
それだけに、この阪神戦の2連勝は各選手感慨もひとしおでしょう。
ほとんどの選手は、けがや成績不良で1年間通して出場してはいません。その選手たちが、この2試合、それぞれの持ち場で活躍しました。
力感あふれる投球、守備のファインプレー、無造作に決めるバント、バットスィングも思い切りの良いものでした。
思わずテレビの前で、拍手し声援を送っていました。
次は巨人です。
札幌、仙台、広島、福岡の4都市を比較して、札仙広福と呼ばれています。広島の財界人や保守政治家が好んで使っています。札仙広福の中で負けているという具合にです。
広島カープが北海道日本ハムファイターズや東北楽天イーグルスや福岡ソフトバンクホークスに負けていると、広島の財界人や政治家に言われているようなものです。
札仙広福ではなくて、目指す相手は東京読売巨人軍であり大阪阪神タイガースであり名古屋中日ドラゴンズなのです。
名古屋と大阪を倒したので、つぎは東京の番です。しっかり応援しましょう。
2013年10月7日月曜日
広島市の環境行政
ある朝のことです。午前7時にランニングを終えて我が家の前まで戻ると、騒音をけ立てて疾走するパッカー車がいました。パッカー車とはゴミ収集車のことで、民間業者のゴミ収集車を広島市が登録・管理しています。
そのパッカー車が、ぼとんぼとんと2回大きな音をたてました。大きなゴミ袋が、車の後部から落ちたのです。
車線の中央に、10メートルの間隔をおいて2個のゴミ袋。放置するわけにもいかず、車道に出て最初に落としたゴミ袋を歩道に引き上げようとしました。
しかしこれが思いのほか重く、持ち上げられません。今、車が走ってきたら轢かれてしまいます。
一瞬、横浜市でおきた踏切での人身事故を思い出しました。ゴミを引き上げようとして、車にひかれたら、みんなどう思ってくれるのだろうか。
さいわいにも車は来ず、ゴミ袋を引きずって道路端まで移動させました。二つ目は軽く、我が家の敷地内へ置いておきました。
回収に来させないといけないのですが、午前7時では、どこにも連絡がつきません。
8時半になって環境局に電話をし、事情とパッカー車に明記されていた4ケタの登録番号を伝えました。応対された業務第一課長はお礼を言われ、収集業者に連絡すると返事されました。
11時に議会へ行くと、さっそく業務第一課長と指導担当課長が来て、業者の社長を呼んで口頭で注意をしたと報告がありました。社長は運転手に連絡し、落下したゴミ袋を回収するように指示したそうです。
パッカー車の後ろはゴミ袋が落下しないように、幌やシャッターなどの覆いが付いています。二人の課長によると、走行中はその覆いをすることが義務付けられているそうです。
わたしが見たパッカー車は、覆いをせずに走っていました。うっかり忘れて走っていたのか、装備不良で走行中に開いたのかは、わかりませんでした。
市で検査しているのかと聞くと、年に2回行っているとのことでした。この会社にも立ち入っており、その記録を見てみると、覆いについて検査がされていました。良・不良と書いてあり、良のほうに丸印の印があります。検査員の印鑑が二つ押してありました。
しかし、実際に行われる検査は目視検査だけで、覆いの留め金を引っ張ったり、シャッターが軽い力で開いたりするかどうかは検査しないそうです。
見ただけで良の判定をしているが、そんな甘い検査では今日のような事故は防げないではないかというと、二人とも何も言いませんでした。
パッカー車の整備が不良だと、収集にあたる人がうしろのコンベアーに巻き込まれて死んでしまうこともありますし、落下したゴミ袋を拾おうとして後続車に轢かれることもあります。
環境局は、これが人命にかかわることだと理解できているのでしょうか。
そのパッカー車が、ぼとんぼとんと2回大きな音をたてました。大きなゴミ袋が、車の後部から落ちたのです。
車線の中央に、10メートルの間隔をおいて2個のゴミ袋。放置するわけにもいかず、車道に出て最初に落としたゴミ袋を歩道に引き上げようとしました。
しかしこれが思いのほか重く、持ち上げられません。今、車が走ってきたら轢かれてしまいます。
一瞬、横浜市でおきた踏切での人身事故を思い出しました。ゴミを引き上げようとして、車にひかれたら、みんなどう思ってくれるのだろうか。
さいわいにも車は来ず、ゴミ袋を引きずって道路端まで移動させました。二つ目は軽く、我が家の敷地内へ置いておきました。
回収に来させないといけないのですが、午前7時では、どこにも連絡がつきません。
8時半になって環境局に電話をし、事情とパッカー車に明記されていた4ケタの登録番号を伝えました。応対された業務第一課長はお礼を言われ、収集業者に連絡すると返事されました。
11時に議会へ行くと、さっそく業務第一課長と指導担当課長が来て、業者の社長を呼んで口頭で注意をしたと報告がありました。社長は運転手に連絡し、落下したゴミ袋を回収するように指示したそうです。
パッカー車の後ろはゴミ袋が落下しないように、幌やシャッターなどの覆いが付いています。二人の課長によると、走行中はその覆いをすることが義務付けられているそうです。
わたしが見たパッカー車は、覆いをせずに走っていました。うっかり忘れて走っていたのか、装備不良で走行中に開いたのかは、わかりませんでした。
市で検査しているのかと聞くと、年に2回行っているとのことでした。この会社にも立ち入っており、その記録を見てみると、覆いについて検査がされていました。良・不良と書いてあり、良のほうに丸印の印があります。検査員の印鑑が二つ押してありました。
しかし、実際に行われる検査は目視検査だけで、覆いの留め金を引っ張ったり、シャッターが軽い力で開いたりするかどうかは検査しないそうです。
見ただけで良の判定をしているが、そんな甘い検査では今日のような事故は防げないではないかというと、二人とも何も言いませんでした。
パッカー車の整備が不良だと、収集にあたる人がうしろのコンベアーに巻き込まれて死んでしまうこともありますし、落下したゴミ袋を拾おうとして後続車に轢かれることもあります。
環境局は、これが人命にかかわることだと理解できているのでしょうか。
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